天保14・12・25〜昭10・11・30

曽我祐準(すけのり)と読みます。
旧小嵐亭を建設した曽我祐準子爵は、天保14年
(1843年)九州柳川藩士の次男として生まれました。
〜略 歴〜
明治16年  陸軍中将になります。
明治17年  受爵して華族となります。
明治19年  初代 陸軍参謀次長に就任
明治22年  東宮太夫(皇太子の教育主任)に就任
明治22年  勲一等瑞宝章 受章
明治24年  貴族院当選
明治29年  小嵐亭 落成
明治39年  勲一等旭日大授章 授章
大正4年   枢密院顧問
昭和10年  没  享年92歳
慶應元年 於長崎 22歳

〜旧小嵐亭 建設の経緯〜
曽我祐準子爵は、明治21年、熱海御用邸が竣工した年に
皇太子と共に熱海に避寒に訪れております。 御用邸の土地は、
三菱の岩崎弥太郎が明治16年に宮内庁に奉納したもので、
その御用邸は昭和16年に熱海市に払い下げられました。
現在の熱海市役所が建てられている所です。
曽我祐準子爵は明治29年に小嵐亭を竣工させ、
避寒地として多くの文人、墨客が訪れております
晩年は小嵐亭で過ごし、小嵐亭で没しております。
曽我祐準子爵ってどんな方?